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学校や教育関連

学校行きたくないと子供が言い出したら。親はどう対応すればいい?

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子供が急に学校行きたくないと言い出したのです。
私には、なにが正解なのか分かりません。
どう対応したら良いのか・・・。




今回は、こんな内容について書いていきます。



なんだか知らない間に、私もアラフォーになってしまいました。



真っ当に生きていれば、私も子供を持つ親になっていてもおかしくないのですが、まぁ、色々と遠回りをしているので、もう暫く親にはならないことでしょう。



とは言え、かなりの確率で親となる日も来ますので、その時も想定し、私のガキが「学校行きたくない」と言い出したときに、どう対応すれば良いか考えておきます。



まずは、子供の性質を見極めよう




性質をしっかりと見極めなければまず、お話になりません。



雨天でテンション下がる子供もおれば、雨天で逆に興奮する子供もいるでしょう。



興奮している子供に、テンションが下がっているだろう状況を想定して接しても上手くいきません。



また、自分と性質が似ていれば比較的、話は単純になってくるでしょうが、親子とは言え、価値観は個体差があるので、上で書いたようにまずは、子供のことをしっかりと見極める姿勢が重要になってきます。



どのように見極めていくか




まず、可能な限り、こっちからの圧を無くして、向こうの思いを外に出やすい環境を作ってやる必要があります。



学校行かないでどうするのよ!



とか怒ってしまうような態度は、お話になりません。



また、相手を問い詰めるような空気感もどうかと思います。



まずは、子供が話しやすい環境を作り、話し始めるまでじっと「待つ」



そして・・・



十分に説得力がある場合は、その内容を踏まえて今後の対応について一緒に考える

説得力がない、内容がしょうもない場合は叱る



私だったら、こうしようと思っています。



というのも、自分の考えを他人に伝える、説得する能力は優先的に身につけるべき能力だと思っていますので、あらゆる場面で我が子には、その腕を磨いてほしいってのがひとつ。



学校で靴を隠されたんだ。必死になって探したら、調理室で天ぷらになっていたんだよ。こんなしょうもない事をする学校には、もう通いたくないんだ。靴は天ぷらにしちゃだめでしょ?



仲良かった女の子が急に無視してきて、悲しい。もう行きたくない。



よく分かりませんが、この程度の話であれば、学校に行かない方向で話を進めるのは違うと思いますね。



まず、靴を天ぷらにした人物は誰なのか。意図はなんなのか。



天ぷらにした人物と子供との関係性についても、詰めていく必要があるでしょう。



そもそも他人ってのは、自分にとって"快"ばかりを与える存在ではない事実を伝えたいですし、価値観の多様性についても一緒に話したい。



例えば私にとっては、靴を天ぷらにするような人間がいる学校は最高です。



そんな突拍子もないような行為をする人間が多ければ多いほど、私にとっては天国なのです。



しかし、皆が皆そうではないでしょう。



なんで靴を天ぷらにする"必要"があるの? みたいな感じで切り捨て、そこに快を見出すことなく不快感を滲ませる層のほうが、多数派だとおもいます。



だから子供には、起きた結果の表面を見て行動を取るのではなく、もう少し考えてほしい。



相手が何を思って行動したのかとか、なぜ今回のような結果に至ったのか。



次に「仲良かった女の子が急に無視してきて、悲しい。もう行きたくない。」これは、情けないですね。



息子を想定して今、考えていますが、これは軟弱過ぎますので、叱る可能性があります。



人生は毎日楽しい、ストレス皆無で一切の苦労なく、笑顔笑顔笑顔の末に80年程度を生きて天国に向かう・・・なんて言う風には出来ていません。



てか、逆にそんな人生クソつまりません。



毎日楽しい、毎日ストレスがないなんてのは、むしろ刺激が薄い。



喋りも人生も



大切なのは、抑揚です。



平坦だったり、苦しい時を経て、ぐぐっと登る瞬間が最高に快感だったりするわけで、



苦しいところをどうにかこうにか、脱するときに人間は成長をするわけですから、



苦しい状況に、さささっと逃げの選択肢を取るばかりでは、いつまで経っても「快感」と「成長」に出会えないのです。



子供一人では手に負えないような、酷い環境が目の前に広がっているのであれば、逃げる選択肢も念頭に入れる必要はあります。



あまりに苦しすぎる環境では、ただただ耐えて、何も考えず耐えてしのぎ、結果何も得ることなく消耗してしまうでしょうから、そんなときは逃げましょう。



担任がクソで、しょうもない押し付けをして、レッテルを貼り、クラス内で我が子を目の敵にして、周囲からの攻撃を促すような状況作りをしている。



例えばこんな場合は、環境を変えたほうが良い。



そんなゴミが長の場で、教育を受けるのは時間の無駄です。



しかし、女の子との関係性がこじれて、それが嫌で行きたくないとか・・・ほざけと思う。



一応話は聞きます。



これは私の基本的な姿勢です。



私の母親はお喋りで、今も昔も自分が喋るのが大好きで、こっちが話す前にどんどんどんどん喋ってしまうような傾向がありました。



大人になった今では、ちょっと待てよ、と母を制してこちらの意見を発することもできるようになりましたが、子供の頃は、う〜ん・・・と黙っていたような記憶が残っています。



だからでしょう。私は待って子供の話を聞く親になりたいと思っているのです。



学校に行かせることが目的になっていないか




学校に行かせる目的についても考えたいですね。



無理やりにでも、子供を学校に行かせさえすれば、その子供が真っ当に成長すると思ったら大間違いでしょう。



というか、そもそも私は、自分の子供を「真っ当」に成長してほしいとはこれっっっっっっぽっちも思っていません。



女であれ、男であれ、面白い人間に成長してほしい。



また本人が、楽しくて後悔のない道を歩んでほしいと思っています。



私の感覚では、その道は決して平坦ではありませんが、自分で考え自分で選択して、道を切り開いてほしい。



ときには他人の話を聞いたり、影響を受けることも必要でしょう。



しかし最終的な部分、大事なところは絶対に他人の判断に身を委ねて欲しくない。



他人のアドバイス、他人からの依頼に身を委ねると「自分という人間は効果的に力を発揮できる」から。



みたいな感じで自己分析して、意図的に他人の流れに乗っかるのであれば、それもひとつの手段だと思いますのが、そうじゃなく、自分の考えが何一つなく、思考もせずに他人の話に乗っかったり、言われた通りにするような人間にはなってほしくありません。



・・・なので


上記の感覚、自意識を明確に持てるような人間になってくれれば、別に学校に行かなくてもなんでもいいです。



ただ、行きたくない理由がしょうもなかったり、説得力に欠ける場合はムリヤりでも行かせます。



人間は「無」からは成長できませんので、自室で無気力にぼけ〜っとされるよりはマシとの判断で、引きずってでも行かせます。



最悪な事態について考える




最悪な事態は、死です。



自殺・他殺、とにかく子供が死んでしまうことは最悪です。



我々生きている人間は、死後の世界について知りません。



結構、そっちはそっちで色々と楽しいことが待っているのかもしれませんが、一応、こっち側の視点で見ると、死んでしまったら「終わり」となります。



終わったら成長もクソもないので、その状況はきちんと避けられるよう、見守ってあげる必要があります。



子供が学校で苦しい思いをして、苦しそうな表情をしているからってんで、話を聞きはじめても正直遅いです。



もっと日常的に、子供とフランクに会話ができるようにしておく。



子供が自分の苦しみなどを、比較的、親に言えるような環境設定を基本ラインに設定しておけば、何の違和感なく、子供の危険信号を受信できるかと思います。



私はそこまでコミュニケーション能力が高い人間ではありませんが、子供を持ったら積極的に会話したいと考えています。



というのも、自分の父との交流を振り返ると、あんまり喋ってないなと思うからです。



母親とはよく喋ります。母親がお喋りなので。



母親は人の話を聞くよりも、圧倒的に自分がペラペラと話したい人間です。



父親は基本的に仕事人間で、日常的な些細なことなど一切興味がなく、基本的に口数が少ない人間です。



この親との交流を踏まえて、私は子供の話をまずはしっかりと聞き、苦手だけれども1日1回は話ができるような関係性を築きたい。



その小さな積み重ねが、子供がピンチに陥ったときに大いに役立つと思っています。

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