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不登校

不登校を甘えとする知恵袋の質問者に真っ向から反論する

更新日:

不登校してる僕って甘えん坊なの?
甘え?
なにそれ、どういうこと?
こんなに苦しいのに、というか、他人に何が分かるの?




今回はそんな内容に回答していきます。



プラス、タイトルにもあるように「知恵袋の質問者」に対しても反論していこうと思います。



私自身、高校の一定期間、不登校の経験をしているので、その経験を元にお伝えさせていただきます。



不登校 甘えで検索すると出てくる内容




【不登校 甘え】でGoogle検索すると以下の内容が抽出できます。



  • 不登校者は甘えてる!たるんでる!

  • そんなことない甘えではないのだ!

  • 不登校者の問題ではなく、親が甘やかせて育てているのが悪い!



まぁ、こんなところです。



私の率直な感想を言うと、「不登校」って言ったって色々なケースがあるでしょうし、不登校をしている生徒の問題もそれぞれ、ケースが異なるだろうから、簡単に「こうだ」とは言えないはず。



だから、一人ひとりにしっかり目を向ける必要がある、一人ひとり違うとの点に意識が行き届いていない意見は、「ねーよ」と思ってしまいます。



年齢は? 家庭環境は? 性格は? 容姿は?



何も具体的に見えないまま、不登校をしている現象について論を立てたところで、ほとんど意味がないと私は思ってしまいます。



  • 不登校者は甘えてる!たるんでる!

  • そんなことない甘えではないのだ!

  • 不登校者の問題ではなく、親が甘やかせて育てているのが悪い!



これ、ざっくり言えば、当てはまる奴もいるし、当てはまらない奴もいるでしょう。



当てはまっているのに、子供的にも親的にも自覚のない場合も、絶対あるでしょうし。



だから・・・えっと、別にどっちでも良くないですかね。



価値観が違うと意見は裏返る事例




私自身の話をすると、私は子供の頃から特殊です。



学力等は、別に大したことはありませんでしたが、想像力や発想力においては、周囲とはまるで異なる世界観がありました。



4才から5才くらいの間、父親の仕事の関係で、アメリカの幼稚園に通っていたのですが、母親いわく、いつも褒められていたそうです。



ほとんど記憶はないのですが、楽しかった感じはなんとなく、残っています。



いつも、思い切り遊べてたようなそんな感じです。



それが帰国して、日本の幼稚園に入った途端、状況は一変します。



母親はいつも、



〜で困ってるんです、〜が良くないのでご自宅でも注意していただけますか・・・



とネガティブなことばかり、私のせいで言われるようになったそうです。



その状況は小学校に入ってからも、変わりません。



別に私は、アメリカにいたときだけ、優秀な子供に進化していたわけではありません。



その時々で、全力の自分でいたことでしょう。



しかし、その評価は180度変わってしまいました。



これはつまり、



アメリカの教育的価値基準と日本の価値基準とでは、全然違っていたという事実です。



人間は色々なタイプがおるでしょうが、大きく分ければ以下の四つです。



  • 日本人におおく見られる価値観の持ち主

  • 自身は平均的だと思っているが少しずれてる価値観の持ち主

  • 周囲と全然違う価値観の持ち主

  • 自分は特別だと思っているがそうでもない価値観の持ち主



どういう仕組でそうなっているのか知りませんが、日本の小中高の学校の先生なんて、私に言わせれば、つまんねえ奴らの集まりです。



平均的な価値基準しか持ち合わせのない連中だと、私は思っています。



そういう人しか、出会えなかったので。



大学とかになれば、また違ってくるでしょうが。



だから、【日本人におおく見られる価値観の持ち主】に該当するのであれば、好き嫌いはあるでしょうが、そこまで大きな摩擦は生じない。



その一方で、本人の価値基準が大幅に逸脱している場合は、一刻一刻、教師に対してストレスを感じることになります。



教師側としても、なんだこいつ・・・と心の奥底で、人間なので思いますので、摩擦が生じる。



その時点で日本の学校は、通うことが難しい前提条件が揃っているのです。



だから、たまたま、奇跡的に広量な性質を持つ教師に巡り会えた場合は、多少学校に対してポジティブな心地で通えた可能性もあるでしょう。



しかしこれも、自身の性質との相性ですので、私にとっては、広量な性質の教師のほうが良かったわけですが、多くの生徒にとっては、そうではない現実もあるかと思います。



目についた知恵袋の回答




パッと見で、イラつく書き込みなので、この場でピックアップしました。



私に言わせれば、こういうのが40匹ほど頭数を揃えるから、不登校者が生まれるのだと思っています。



不登校はただの甘えとかほざく前に、反省しろって感じですが、とりあえず、一つ一つ発言を分解して反論していきます。



しんどくたって頑張って通っている子もいます。



だからなんなんだよって話です。



しんどさの性質も等価かどうかも分からないし、全く同じ質量のしんどさがあり、他人が頑張って通っているからと言って、なんでこちらも頑張って通う道理があるんだろうか。



人は同じじゃないって言う、当たり前の価値基準が欠落しているポンコツだから、このような発想に至るんです。



私は生まれながらにして、運動神経が圧倒的に高いです。



しかし、運動のデキない子に対して、なんでもっとこうゆう感じでやらねーんだよと押し付けたことなど、今までの人生で1度もありません。



心の中で思うことはあっても、それを本人に言ったり口から外には絶対的に出しません。



運動ができなくとも、他の才能を持っていて頑張れる人はいっぱいいますよね?



学校に通うことに関して、一生懸命になれなくても、他で力を発揮できる人もいっぱいいるとなぜ、想像できないのだろうか。



また、しんどくたって頑張って通っている?



なんだか抽象的な気がします。



その動機は? 学校に好きな子がいるとか先生が好きとか、頑張るに足る個人的な動機があるとしたら、その例えは対等じゃねーですよね。



この質問者は、最低限、頑張って通っている子が、なぜ頑張れたのか。



また、しんどさの根源はなんだったのか。



具体的に詰めて回答する姿勢が必要です。



次に、部活での頑張り話も同様で、本質的に一切不登校と関係ありません。



理由は上で書いた内容と一緒で、人によって【頑張れるポイント】は違うから。



あと【動機】が明確化されていないと話になりません。



【世の中、もっともっと辛い人は居ます】

【体の不自由な人等・・・皆一生懸命生きています】



こういう馬鹿発言、マジでこの世から駆逐されれば良いと思っています。



こいつは絶対に、その【辛い人】とやらを目の当たりにしていない。



こいつの狭量な価値観の中で、なんとなく、そういう風に見える人を引き合いに出しているだけ。



体の不自由な人を辛い人とカテゴライズしている時点で、差別的だという認識も欠如している。



こういう馬鹿の正義感は1ナノも役立たないので、じっとしておけよと思う。



私は、体の不自由な人と接した経験がないので、よく知りません。



人によっては、滅茶苦茶辛い人生を経て、今を生きているのかもしれないし、ちょっと不便なこともあったけれども、人に恵まれて幸せな人生を生き続けているのかもしれないですよね。



【体の不自由な人】【不登校の生徒】



こうやって、一括りにできちゃう発想そのものが、不登校者を生んでいるんだよ・・・いい加減、気づけよポンコツどもは。



【不登校、非行、引きこもりを擁護する人の気持ちが分かりません。】



それはお前が、想像力と知性の低い阿呆だからだよ。

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